「管理しない会社がうまくいくワケ」を読んだ

「自分の小さな「箱」から脱出する方法」(通称、緑の本)のビジネス編。といっても緑の本もメインは会社の話だし、ビジネス目的の人にとっても緑の本の方が読みやすいんじゃないだろうか。

ただ、読む価値がないわけではない。以下のようなパンチラインもある。

上司が明らかに悪いなら、どうして自分に「彼女が悪いんだ」と思い込ませるのにあれほどエネルギーを使わなければいけなかったのだろう?

管理しない会社がうまくいくワケ P230

どのみち、単体ではなく緑の本の副教材として読むべき本。

「小山田圭吾の「いじめ」はいかにしてつくられたか」を読んだ

典型的な人文系小山田擁護派の著者が書いた、新たなインフォデミックを生みかねない稚拙な新書。ツッコミどころはたくさんあるが、致命的なところだけ指摘します。(主にロマン優光に対するもの)

本書の立ち位置

まず抑える必要のあるポイントとして、この本は小山田擁護派の著者によって書かれている。それもかなり過激な。

“いじめ事件”の検証について大筋では妥当性があるが、熱心なファン目線での無理筋な擁護としか思えない著者の感想が多く差し込まれている。“いじめ事件”に対する冷静な考察が読みたい場合は適さない。

本書はロマン優光を批判しているが、ロマン優光の「嘘みたいな本当の話はだいたい嘘」において本騒動における小山田擁護派(本書で持ち上げられているkobeniを中心とした人たち)の問題点が多く挙げられているので合わせて読みたい。というかマスト。

本書の問題点

ロマン優光に対するインフォデミックの危険性

3章6節では小山田圭吾が影響を受けたのは「悪趣味系の根っこにある悲観的楽観主義」であって、「悪趣味系そのものでも鬼畜系でもない」という著者の思いが述べられる。そして炎上以前より悪趣味系/鬼畜系の文脈で小山田圭吾に厳しい目を向けていたロマン優光を徹底的に批判している。(どちらが正しいのかについてはここでは言及しないので、ロマン優光の著書である「90年代サブカルの呪い」を読んで各自考えてほしい。)

ここで問題なのは、著者のロマン優光への批判の仕方である。

有料オンライントークイベントについての最低な引用

炎上のさなかの2021年7月21日にロマン優光と吉田豪がおこなった「小山田圭吾と90年代悪趣味サブカルを改めて語る」について著者は以下のように言及し、それを元に批判を展開する。

わたしは未見だが、あるツイッタラーによる一部の文字起こしがあるので(@honoiro2021、2022年1月18日)、若干の表記を改めつつ以下にその一部を引くことにしたい

小山田圭吾の「いじめ」はいかにしてつくられたか P146,147

おそらく引用したのは以下のツイートだと思われるが、これはオンライントークイベントの内容についての公平な書き起こしではない。そもそものツイートではロマン優光を批判する文脈で使われており、パッと見ただけで公平性に問題がありそうな気配を感じられるはず。

ツイッタラーによる引用だけを読むと、ロマン優光が一方的な思い込みで小山田圭吾に私怨を抱いているように見えるが、この引用箇所の直前に小山田圭吾にされた嫌がらせについての言及がある。手元に自分の文字起こしがあるので以下に引用する。

(小山田圭吾と親交のある暴力温泉芸者の中原昌也が障害者ミュージシャンのTASKEの声を無許可/ノーギャラでサンプリングしたことなど、TASKEが周囲からいじめられていたというトークの流れで)

吉田豪:それこそロマンのプンクボイ(ロマン優光のソロ活動)の映像を小山田くんが撮ってたみたいなこともあるわけじゃない

ロマン優光:そう、あれ小山田くんが撮ってたのか誰かから貰ったのか分かんないですけど、あれもすごい失礼な話で、勝手に小馬鹿にしたキャプションをつけてテレビブロスで載せてるわけですよあの人

吉田豪:だからたぶんその辺と同じ扱いにしてたわけでしょ

ロマン優光:俺は同じ枠で扱われてるんで、TASKEさんと、まるっきり、そこら辺はまぁ分かるんですけどね。ただあんまり自分で言うと腹が立っていって気分が悪くなるじゃないですか。だからあんまり自分では言いたくないんですよね、そんなことされたことに対しては。まぁそんな悪い人ではないだろうなと思いますけど、すげー嫌な奴だなとは思ってました。

小山田圭吾と90年代悪趣味サブカルを改めて語る

2つの引用をあわせて読むとだいぶ印象が変わるはず。小山田圭吾とロマン優光は直接的な接点こそ少なかったものの、ロマン優光が暴力温泉芸者のサポートメンバーをしていたこともあり、同じ界隈にいた。ロマン優光はそこでの実体験に基づいて小山田圭吾について素直な印象を語っているだけ。

元のツイッタラーがロマン優光を貶める目的でわざと恣意的な抜粋や引用をしているのかどうかは分からない。ただ本書は小山田圭吾のいじめ事件について原典を当たらずに報道したメディアや恣意的な引用により炎上の震源地となったコピペやブログを痛烈に批判する本である。

なぜ批判対象とまったく同じ悪質な印象操作を著者がロマン優光に対してやってしまうのか。自分の気に入らない人間に対して、悪意のある文章を、原典にも当たらず、自分の都合のいいように引用し、本に載せてしまう。著者にインフォデミックを批判する資格はあるのか。

実話BUNKAタブーとロマン優光をまとめて断罪

ロマン優光の著書の多くはコア出版社により出版されている。コア出版社の雑誌である実話BUNKAタブーの公式ツイッターアカウントは小山田圭吾を過激に批判した。

そのことについて著者は注釈で以下のように書いている。

同誌の圏域から生まれた文章を大手メディアに送り込む傍ら、「実話BUNKAタブー」の公式ツイッターアカウントは以下の一連の投稿を行っていた。ロマンの著書がどのような環境のなかでうまれたのかがよくわかる。

小山田圭吾の「いじめ」はいかにしてつくられたか P258

実話BUNKAタブーのツイートはたしかに露悪的で不快なものが多いが、だからといってロマン優光個人が同様に悪質であるような言い方は断じてするべきではない。

なぜなら、それは著者が本書で批判する「オリンピック・パラリンピックを批判したいがために小山田圭吾を炎上させた人」とまったく同じ考え方だからだ。

小山田氏をめぐるスキャンダルは、単に彼個人にとってのみならず、不安定さと曖昧さを抱えた複雑な存在としての人間そのものにとって不当だったと、私は考えているのです。その意味で、事情の複雑さを跡づける本書の試みは、単純化の暴力から人間一般を救う努力の一環をなしています。

小山田圭吾の「いじめ」はいかにしてつくられたか P10

著者自ら単純化の暴力に対する警鐘を鳴らしたのに、なぜロマン優光に対しては単純化の暴力を振るってしまうのか。

その他雑感

小山田圭吾を過剰に持ち上げていたり、岡崎京子を絡めて事態を説明しようと試みたり、そもそもすごく内輪向けの本だなと思った。報道で初めて小山田圭吾を知った人がこの新書を読んでも何も分からないだろう。

また、しれっと障害者とのエピソードの美化、メディアへの責任転嫁、いじめの矮小化(としか思えない記述)がおこなわれていて、あたかもそこに問題はなかったという方向に持っていこうとしているが、さすがに無理がある。まるで「炎上するまで小山田圭吾に対して声をあげなかった私達ファンは別に変じゃありませんよ」と言い訳しているようだ。いじめ被害者の人が読んだら卒倒するんじゃないか。(実際、著者のヤフーニュースの記事はかなり上ずっていて、コメント欄は批判的なものが多い。)

ロマン優光を批判しているが、「90年代サブカルの呪い」を書く際に小山田圭吾本人へいじめ問題についての取材を申し込んだことは評価するべき。返信がなかったため実現しなかったとのことだが、実現していればここまでの大炎上は起きなかった可能性もある。問題解決に向けて具体的なアクションを起こしたロマン優光が小山田擁護派から叩かれる意味がわからない。小山田圭吾の熱心なファンは自分の理想の小山田圭吾像が壊れないようにずっと見て見ぬふりをしていただけだろうに。

著者のロマン優光に対する態度について先ほど批判したが、著者が礼賛するkobeniもロマン優光に対して著作を読まずに雑に批判して問題になっており、この界隈は同じような人しかいないのねという印象。(エコーチェンバー……)

参考:kobeniが不適切引用の非を認めた上で何故か謝罪を拒否して逃走した件の報告

ちなみに著者の片岡大右はkobeni擁護のためにロマン優光とレスバしている。本書でのロマン優光に対する冷静さを欠いたバッシングはこのあたりの因縁からきていると思われる(しょーもなさすぎる)。

結局のところ

こういう形で信者が盲信的に小山田圭吾を擁護しても小山田圭吾の印象が悪くなる一方だけど、小山田圭吾が許される日は来るんだろうか。本人の謝罪文が誠実だっただけに、非常に残念に思う。

ファンを含む小山田圭吾のまわりの人々の動きを俯瞰して見てみると、小山田圭吾がなぜイメージを変えたかったのか、なぜ27年間いじめ問題について言い出せなかったのか、少し分かる気がした。

「イーロン・マスク流 「鋼のメンタル」と「すぐやる力」が身につく仕事術」を読んだ

イーロン・マスクについてバカ向けの仕事術に無理やり落とし込んでキュレーションした本。

イーロン・マスクをすごくざっくりと知りたい人には価値があるかも…?タイトルにある仕事術の観点ではまったく参考にならないです。

著者が“起業家の名言本”を多数出版しているからなのか、やたらと「〇〇(過去の有名な起業家)はこう言っている。イーロン・マスクも同じことを言っている。だからすごい。」みたいな調子でイーロン・マスクの偉業が説明されるのでイマイチすごさが伝わってこない。

イーロン・マスクの偉業はその新しい思想に裏打ちされていると個人的に思っているので、既存の名言を引用して説明するのは何か大きく間違っている気がする。

Not for meという感じでした。

「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書」を読んだ

大げさなタイトルがついているが、どこへ行っても通用するプロジェクトマネジメントの基本を分かりやすく書いた入門書。

たまたま見かけたStudy-PMというブログで推されていたので購入。[1]

タイトルと著者の経歴から「日揮に勤務する著者が書いた、世界を相手に戦うための本……」を想像すると拍子抜けするぐらい、かなり初歩的な内容。海外プロジェクトに参画する機会はなくても、ありがちな「商慣習でプロジェクトマネジメントが一部曖昧になっている国内プロジェクト」にも十分役に立つ。

会話形式で物語が進んでいくタイプの本で、物語の大筋は「自分の参画する海外プロジェクトを不安に思う若手エンジニアが、マネジメントの経験が豊富な大学の大先輩から教えを請う」というものです。[2]主人公の若手エンジニアは大卒2、3年目ぐらい。ターゲット層はかなり低いので社会人だったら誰でも読めると思う。

特筆すべき点として、本書では「(大規模な受注型プロジェクトを想定して作られたPMBOKのような)プロジェクトマネジメントの標準体系を、中小規模・受注型プロジェクトに落とし込む」というテーマをうまく書き切っている。PMBOKの実践書だと評されるのも納得。また、中小規模・受注型プロジェクトが多いIT業界への言及もしばしばあるので、ITエンジニアにもおすすめ。[3][4]

また、主人公がプロマネでもリーダーでもない若手の下っ端というのがすごくいい。そのままだと失敗しそうなプロジェクトに危機感を感じて自主的にプロジェクトマネジメントを学び、下っ端の立場ながらプロジェクトをしっかりサポートする姿が書かれている。こういうポジティブな姿勢は若手の読者に刺さると思うので、いい刺激にもなりそう。


個人的にプロジェクトマネジメントの知識はプロジェクトに関わるメンバー全員がある程度知っておくべきだと思っています。[5]万人にオススメできる本というのが少ない中、本書は自信を持ってオススメできる良本。

脚注

  1. ^熱烈なオススメ書籍「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書 」
  2. ^単刀直入に言うと「営業の魔法」のプロジェクトマネジメント版
  3. ^自分もITエンジニアだけど、仕事でめっちゃある~と思いながら読みました
  4. ^ちなみに著者はIT系の経験豊富でIPAのPMの資格持ちの様子
  5. ^だって、自分が参加しているゲームのルールや遊び方を知らないプレイヤーなんてありえないでしょう

「採用基準」を読んだ

マッキンゼーの採用マネージャーを12年務めた伊賀泰代さんによる”自己啓発本”。

「採用基準」のタイトルだけ見ると人事向けの本に思えるが、一番刺さるのは「人気があるからという理由でマッキンゼーへの就職を志願している若者」だと思う。とはいえベストセラーだけあって内容はとても優れているので、誰が読んでも損はしないはず。

マッキンゼーの採用基準は大きく以下の3つ。

  • リーダーシップがあること
  • 地頭がいいこと
  • 英語ができること

その中でも本書ではリーダーシップについてかなりのページを割いて言及している。言語化が明瞭で分かりやすく、リーダーシップに対する解像度が上がる。

構成が見事で、次第に筆者が自分に語りかけてきているような気持ちになるのがすごいところ。
ざっくりの流れをかい摘んで紹介すると、以下のような感じになる。

  • マッキンゼーの採用ではリーダーシップを重視している
  • 多くの日本人にはリーダーシップが欠けている
  • 特に(人気だからという理由で)マッキンゼーを受けにくるような人はそういう傾向が強い
    • 選択肢の中で世間的に一番いいと言われているものを選んでいるだけの主体性がないお利口さんが多いんじゃないか???
  • 仕事でもリーダーシップは必要だし、なによりコンサルは「リーダーシップのある人の手助けをする仕事」だから、リーダーシップがない人は強烈にカルチャーショックを受ける
  • リーダーシップの獲得は自分の人生のコントロールを握る上でも重要

(マッキンゼーに限らず)コンサルとかリクルートの人がやたら独立するのって「リーダーシップを獲得した/周りの熱にあてられた」んだと知ることができてよかった。

余談

筆者の伊賀泰代さんって有名ブロガーのちきりんさんだと言われているんですね。読み終わったあとに知った。
ちきりん名義ではもっと直接的に自己啓発本を出しているので、本書もそういう角度から読むとより一層面白いかなと思った。